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No.016 地面に近い床・柔らかい床
----私の「住まいの思想」(3)
(05/30,1999) 松本茂
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◎介護保険制度の「思いやり」
いよいよ「介護保険制度」なる「相互扶助」の施策が2000年度から始まるそうで、その説明会に行ってきました。この介護サービスは「在宅」でのサービスに重点がおかれているようですが、そんな「宅」がどこにあるのでしょう。畳床の説明会場に足を投げ出して、苦しげに横座りしていた高齢者たちの隣で、心ない世間にひとり怒り狂っていました。
公民館と称するその説明会場はかなり交通量の多い道路に面しているにも関わらず、玄関引き戸から道路まで50cmもないのです。玄関はモルタル仕上げの「土間」、そこにすのこ板の靴脱ぎ場、そこから廊下まで2段の上がり框という「伝統」スタイル。板張り廊下と畳床には、もちろん45mmほどの敷居段差があり、畳に床座を強要します(さすがに数人の高齢者には折り畳みパイプ椅子が与えられていましたが)。
こんなところに足腰の弱い高齢者を集める「思いやり」には、ひょっとすると、説明会に参加して無事に帰宅した者は身体堅固者として「要介護認定」の判定を出さないという陰謀なのか、などと勘ぐってしまいます。
介護サービスメニューの一つに「住宅改修」があり、認定者には費用の90%を支給しますとのこと。なるほど、住宅産業振興のためにはバリア保存の住宅を供給し、「住宅改修」の需要を喚起するという、二重支出の仕掛けをたくらんだのでしょうか。
◎高さ45cmのナンセンス
フィジカルにもメンタルにも、生活を致命的に支配する「床」の機能についてもう少し考えてみたい。住まいつくりの基本は床計画、フロアプランに尽きるのではないでしょうか。わが国では間取りとか平面計画などという作り手サイドの無気質な呼び方をされるため、その役割が奇妙に変形されているようですが、フロアプランはあくまで床計画なのです。
床をどう使うのか、どんな家具や備品を使うのか、そのためには何で仕上げるのか、機能的に段差が必要なのか、仕上げ材を2種以上使う必要があるのかなど、きちんと考えて作っているのでしょうか。(段差の発生の根幹に、履物の履き替えがありますが、このことはまた別の稿で考えたい。)
「床の高さは、直下の地面からその床の上面まで四十五センチメートル以上とすること」という文言が建築基準法施行令にあります。1950年の基準法以前、市街地建築物法で一尺五寸以上とあったのをそのまま換算しただけのものです。建築屋さんたちは従順にこれを設計標準にして何等の疑問を抱かないようです。プラットフォーム工法が普及した現在でも相変わらず束(つか)を立てて根太を張り、床組をしています。住宅金融公庫のバリアフリー仕様の融資条件も「四十五センチメートル以上」です。
この不思議な習俗のために、道路面から1階床まで50cm以上の段差が生まれます。「段差の解消」のために、1/12勾配ののランプ(かなりきつい傾斜路ですが)を付けようとすると6m以上のアプローチを必要とします。そんなスペースを玄関先に持っている住まいなどどこにあるのでしょう。
つまり、地面と1階の床に50cm以上の段差があるのは「当たり前」、変えることのできない「民族文化」なのでしょうか。地面から100mmほどに床面を取るような設計は、防湿とか雨水による溢水防止などの配慮をしてあっても危険な設計として否定されてしまいます。なんとなく嫌だ、他と違うじゃないというのです。これは多分、地面に近付くと路上生活者、ホームレスの仲間入りしたような気分になるからでしょう。でも、高い床、立派な床にドッカと座り込んでみても、すぐにゴロン、ゴロゴロと「くつろぐ」暮らしでは、その方がよほど真性ホームレススタイルだと思うのですが。
一階床を地面から50cmも高くして、「安全な住まい」を謳い文句にするのはナンセンスではないでしょうか。「段差解消」はアウトドアから始めなければ、住まいは座敷牢になってしまいます。高齢者や下肢不具合者には玄関段差は最大のバリアです。1尺5寸の上り框に腰掛けて上り下りするような「跪く生活行動」は下肢不具合者にとっては辛いものです。
今仕事で関わっている東京の某自治体には「思いやり条例」と通称されているバリアフリーのガイドラインがあり、アプローチの勾配は1/12以下、ただし移動式の短尺ランプは1/6となっていますが、こういうきつい「思いやり」を施してまで、高い床を救っているのです。「不具合者」は特殊な厄介者という気持ちが「思いやり」の影にちらつきます。せめて公共性の高い建物だけでも、入口と床は「道路面とゾロ」にしなければならないとしてくれないものでしょうか。このほうが不具合者も非不具合者もともに好都合なのですが。
◎フローリング信仰
室内の段差はさすがになくなってきているようですが、仕上げは相変わらず「ウッドフローリング」全盛です。足腰の弱い日本人に、板の間志向がこれ程強いとは驚きです。畳で育った筈の高齢者たちも板の間志向です。
堅い床による下肢の疲労は、安定性を損なう大きな要因になりますし、転倒時の衝撃も大きくなります。意外と無視されている室内残響による会話明瞭度の低下は、聴覚の低下した高齢者にとっては聞き違いなどでのトンチンカンな対応から、家族内での疎外感を持たせることになります。補聴器を使用している方などにとっては「ウッドフローリング」は天敵です。
どうしてこんな弱者いじめまでして、板の間信仰を守らなければならないのでしょう。柔らかい床、カーペットなどを薦めると、例によってダニ、埃、喘息、アトピーなどなど否定的要素が総登場してきます。カーペットは健康の大敵というわけです。板の間にはダニ、埃はないと信心しているようです。
日本のカーペット産業界は何をしているのでしょう。低品質のカーペットを売り過ぎて毛嫌いされた罰として、喘息の犯人役を引き受け、潔く業態転換を考えているのでしょうか。カーペットは掃除もしやすく、埃も少ないなどと宣伝するのは、我が習俗に反するとでも思っているのでしょうか。
どんな住宅であれ、柔らかい床仕上げのためには、カーペットを使うことが、すべての人にとってユニバーサルで最高の「思いやり」になるのです。住宅の床は柔らかくあるべきです。人の暮らしにとって「布」は最高の伴侶です。接着剤づけの合板フローリングに座り込んでハウスシックの犯人を囲っていてはアトピーも喘息も治まりません。■
*『工房だより』(印刷版)1999年3月号より転載
http://www.sh.rim.or.jp/~onn/index.html
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| 松本茂(まつもと・しげる) |
■プロフィール
1935年生まれ、小田原市在住。建築士。「生活美学社」主宰、自称「住環境ファシリテーター」。日本人が元気で繁盛する住まいを持つまで戦い続ける。
E-mail:smat@pat-net.ne.jp
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