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No.149 『建築雑感』 その1−土壌− (5/30,2003) 久保山博幸
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農家に生まれ育ち、農を原体験として育った私は当然の事ながら建築にかかわる上で、「土」あるいは、「土壌」を強く意識しながら仕事をしている。晴耕雨読ではないけれど、今も田畑を耕しながら畔に寝そべりながら「私の住宅観、人生観」を育む大きな土壌としている。自然の摂理と共に土を耕し、種をまき豊作を皆で祝い、自然に対する畏敬の念を育んだ体験は私の建築の原点であり、エネルギーの源である。
子どもの頃の私には昔の農作業は辛かった。果てしなく延々と続く田植え、稲刈り、田越し。夕焼けを楽しむヒマもなく、月明かりの中でのジャガイモ、玉ネギの収穫。ただ親父や母の姿を追いかけながらの永い時間。それだけに家路に着く安堵感、風呂が最高の幸せであり、飯だけは旨かった。よく食った。野良仕事は私達の生活、家と一体であり、家は正しく家族の舞台でありえた。
家の中は土の匂いがいつも漂っていたようだ。私の生まれ育った家はもう無くなってしまったが、余計にあの時代のあの家に確かに存在した何かを追い求めている。家族とは、暮らしとは…。
農は我々が建築を創造する上で重要な要素である。日本人の自然観やコミュニティ、各地の豊かな風土、風習を育んできた。ゆったりとした時の流れの中で。
戦後50年、大量生産、大量消費、大量破棄の高度経済成長の中で、便利さ快適さの追求の影で農業も変わった。農を取り巻く状況は一段と厳しく先の見えない政策は農業を沈滞化させ、建築職人と同様、後継者育成は大きな課題である。何とか「今」を支えているのは60代、70代の老夫婦が中心である。
日本の原風景である稲穂の波や、棚田、里山の風景は、無数の民のひたむきな手作業により保たれてきたが、ここ農業県佐賀でも、野放しの田畑が目につくようになった。「国土が荒れれば国民の心も荒れる」。農家の土離れは確実に進行している。
農産物輸入自由化、アジア諸国から安い農産物輸入により全国的に農業に元気がない。現代の満たされ過ぎた時代では、消費者と農業或いは農産物との関係も随分希薄である。農産物は「産物」では無くなり、スーパーに並ぶパックづめされた「商品」となってしまっては、残念である。我々の命の源なのに…である。
建築を創造する過程において「土壌」は最も重要な手がかりであり、「人間」がその核である事は当たり前過ぎるが、命の源である食を安い商品でお手軽に仕上る現代人の風潮はいつまで続くのか。私にとってはにぎやかな建築論よりもその事の方が重要なテーマといえる。そんな事ばかり考えている私は、だからなかなか時代の波に乗りきれないのである。
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